2006年09月02日

妊婦表明。

060820_1716~01.jpg

老人だろうが、ハラがでかかろうが、
優先席の区分など、実際にはあまり意味をなさない。
そんなせちがらいこの世の中で、
鉄道会社が妊婦対象の保護運動を始めている。
それが、マタニティ・マークというもの。
このマークは、駅で申告すれば簡単に貰える。
母子手帳の提示さえ必要ないので、
誰でも手に入るが故に、信憑性が低い。
でも、妊婦でない女性がワザと見せびらかすとも思えない。

だって、“おなかに赤ちゃんがいます”って、ほら…ねぇ。
普段から妊娠を人に説明するときもだけれど、
ある意味、イキモノとしての本能を果たしましたよというような、
こっぱずかしさが拭いきれない。なんとなく。
あたしだけだろうか。

まぁこれをつけているからといって、
座席を保障するものではないという但し書き。
結局は、人々の良心に委ねる優先席と変わりはない。
じゃあいよいよ何のためにあるのやら。
貰って早々に何処かに落としてきたけれど、
再発行してもらう程の重要性も感じない。
でも、是非とも流行って欲しいマタニティ・マーク。
posted by る・れくま at 19:05| 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | たまちゃん(仮) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月04日

オトナの偽善

ただ、それを言わないだけで。
生きていれば、誰しも色々思い出すんだろう。

ふらりと訪れた場所が、
誰かとの思い出の場所だったり。
当時に、何度も聞いた音楽が流れたり。

きっかけは生きた大地に散らばって、
地雷のように踏んづけては、自分だけが痛い。
傷つけられたことより、
傷つけたことが、いつまでもつらい。

ああ、若気の至りよなぁ。
そんな一言で済まそうとする、オトナの偽善。
posted by る・れくま at 21:25| 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 謎文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月07日

スイカの出陣。

060906_2044~01.jpg

妊娠5ヶ月といえば、戌の日の祈願。
世のお祝いに合わせた訳でもないのに、
たまたま昨日がその日だったりする偶然。
別にオオゴトにやるものでもないしなぁと、
近所にある安産神社で、とりあえずお札と御守りをいただく。
名前を書いておけば、後日まとめて祈祷してくれるらしい。
この手軽さが、貧乏ヒマナシ身分にはちょうどいい。

それから、ずっと買わずにいたマタニティグッズの購入へ。
少し張りが出てきた近頃のお腹には、
専用下着と妊婦帯が必要というのが一般的。
れいの妊婦ショーツ、いわゆるスイカパンツの出番という訳で。

これがなんつーかなんつーか。
穿いてみるなり、いきなり妊婦らしくなる。
色気のカケラさえ、こっぱみじんに打ち砕く様相。
旦那がこれ見てドン引きしないかちょっと心配。
さらに妊婦帯を締めれば完璧なるマタニティも、
まだ然程目立たない腹部に、あれっ?と気づく人もなし。

たまちゃんの応答は、まだない。
腹は出て欲しくなくて、出て欲しいようで。
フクザツな気分で、スイカパンツに諦観の境地。
posted by る・れくま at 23:09| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | たまちゃん(仮) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月08日

アヒルの口

060906_1817~01.jpg

この間抜けた顔のアヒルに、
あたしが似ていると旦那が言う。
叩き売りのワゴンセール。
半額にされた某アヒルの横で、
そんなこたぁないよと文句を言う。

否定に不機嫌を重ねた口を、
とがらせるから尚のこと、
あれに似ることに早く気づけよ。
posted by る・れくま at 23:53| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ネタ帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月10日

夢現

060820_0532~01.jpg

ふと目が覚めた明け方に

あなたが側にいない日は

シアワセこそ夢かと思う
posted by る・れくま at 04:05| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋風 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月11日

鈍感マタニティ

妊娠18週ともなれば安定期。
そろそろ胎動も分かる頃だというのに、
あたしのたまちゃんは、まだ何も言わない。

胎動の感じ始めには個人差があって、
初めは腸蠕動音と違いが分からないとも聞く。
ポコポコと空気が動くようなそれが、
只でさえ鈍感だから分かるかなぁと気楽の構え。
それが、健診の日が近づいてくるにつれて、
胎動が分からないことが、やけに不安になる。

もう安定期になったからといって、
健診に行ったら突然心音が聞こえない、とか。
考えたくないのに考えてしまう。
でも、なるようにしかならないとハラを決めて、
仰向けに寝ころんだ診察台の上。
途端、ごうんごうんと響いた元気な心音に、
横でのぞき込む旦那と、胸をなで下ろす。

たまちゃんはすこぶる順調な発育で、
BPD(児頭大横径)4.3cm、週数よりやや大きめ。
超音波の途中にもぶるぶる動き回って、
なかなかいいショットを撮らせてくれない。
こんなに動いているのに胎動が分からないのは、
やっぱりあたしが鈍感だからなんだろうか。
平均的に19週くらいから分かるというから、
分からなくてもおかしくないよと、先生のフォロー。

お、腹部が張ってきた。
勝手に殺すな、と言われた気がする。
そうだなぁ。焦らず気長に待つとしましょう。
posted by る・れくま at 22:14| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | たまちゃん(仮) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月13日

もう来ない日に

そこにシアワセがあるのなら、
手を伸ばすのをためらうんじゃないよ。

やってからの後悔より、
やらなかったことの後悔が、
いつまでも残るものなんだから。



(旧ネタ帳:2003.5.12より一部抜粋)
posted by る・れくま at 23:37| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 謎文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月15日

セキニンと仕事

新しく替わった病棟担当の医師が、
いつまでも業務内容を覚えないばかりか、
「これ、俺が全部?面倒くさいなぁ」と、
単純な処方書きに、一々文句を垂れる始末。

そんな有り様をなだめつつ、
不本意ながら“先生”と呼称し、
穏やかに、世辞に笑顔を付け加える。
―目は笑ってないが。

笑って済ます時期はとうに過ぎた。
こっちも寛大なフトコロではいられない。
給料ドロボーだとか、
確かに言えるけど言わない。
せめて給料分は仕事してくれ、と。

それが、セキニンってものだろ。先生。
posted by る・れくま at 23:51| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | なすたま生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月17日

応答アリ。

あー、分かった。
これが、たぶんあれなのか。
きっと、待っていたあれに違いない。

ぴく。むぐ。ぐに。
本当にハラが動いた。

そう言えば、最近こんな感じがあった。
ただ、それだと分からなかっただけで。
やっと気付いてみたら、
結構頻回に動いてるものだなぁと。

ご飯食べて、ぴく。
横になって、むぐ。
トイレ行って、ぐに。
いつも寝食を共にしてると、
あたしの悪い癖まで移りそうで、
マトモな生き方を心がけなきゃな、と思う。
posted by る・れくま at 22:40| ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | たまちゃん(仮) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月18日

他感の胎動

あれを旦那に言わせれば、
『袋の中の携帯電話がぶるった感じ』
…だそうで。

そんなものかねぇ。
posted by る・れくま at 23:59| ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | たまちゃん(仮) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月19日

廃品回収予報。

たまに家で過ごしていると、
何処からともなく流れてくるあの音。
最徐行で進む、無料廃品回収の軽トラ。
いかにも自分でテープに録音しました風で、
テレビやらバイクやら何でもタダで引き取るという。

家電リサイクル法とかいう制度のお陰で、
新しく物を買う訳でもないのに、
ゴミ捨てに何千円も負担する現代。
買う前に処理までを考える心がけは大事だけれど、
そうは言っても、生きていれば必ず出るのがゴミ。
全うに処理していたら損ばかりという話で、
使えるものなら、なるべく人に譲るか売るのが得策。

最近の目の上のたんこぶは、
20インチの古いテレビが一台に、
ついに映らなくなった液晶ディスプレイ。
まだ使えるけど、ほぼ瀕死のビブロ君も準ターゲット。
ヤフオクで売ろうとか言ってても、
結局は面倒くさくて保留されたまま早半年。
ああ、根が生えてきそう…(; ̄□ ̄)

で、思い切っての9月吉日。
ついに廃品回収を呼び止めましたとも。
手始めに軽いディスプレイを担いで行ったら、
重たいテレビも一緒に快く引き取ってくれましたとも。
何でタダで引き取れるのかと思っていたら、
カンボジアだか何処かへの流通経路があるだとか、
おじさんがウンチクを語ってくれたけど耳元スルー。
だってもう、これが片付いたと思ったら嬉しくてラララン。

はれ時々ちらかし放題。
くもりトコロにより片付け魔。
気になる時だけ働きますAB型。
posted by る・れくま at 20:44| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ネタ帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月20日

腹帯と太鼓判

060919_2101~01.jpg

先日、戌の日参りをした神社では、
腹帯を持参すれば、ありがたい判をついてくれる。
御守りと札をもらえば、後日でも構わないというから親切だ。
で、参拝から遅れて2週間目、
かの神社で押してもらったのがこれ。

本来はサラシのようなものを使うけれど、
時代は儀式的より、機能性のあるものへ。
判をもらっても普段付けないなら意味がないと、
自分が買ったのは、いかにもなコルセットタイプの腹帯。
でも、神社の神主さんはどれでもいいですよと寛大な笑顔。

一見驚く程のスイカパンツのデカさも、
ハラマキ+下着と考えれば、何もおかしいことはない。
そう言い聞かせて、やや気後れする下着に身を包む日々。
妊婦帯やスイカパンツにも、
段々と身に付けるのに慣れてきて、
逆に着ていないと、何処となく落ち着かない。
出産後に、ローライズなヘソ出しに戻れるかと心配。
でも、マダムな鬼パンツまで堕ちるのは避けたいよなぁ。
しょーこりもなく、ヲトメとして。
posted by る・れくま at 12:08| ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | たまちゃん(仮) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月22日

切者になろう

060812_2146~01.jpg

我が兄、ピロシキ(仮)がくれるものと言えば、
大概は便利で、実用性があって、気が利いている。
くだらないものか、頼まれものしか探せない自分には、
密かにその贈り物センスが羨ましい。

その兄からの結婚祝いといえば、
薄給の身分だから勘弁してと言いつつ、
その中身は、切味抜群のちょっといい包丁。
“切れる”なんて縁起でもないかと言いながら、
兄だからできる贈り物を選んでくれていると思う。
今までの安いナマクラ包丁で、
幾度危うく手を滑らせていたことか。
トマトや桃をつぶしにつぶして切っていたことか。
切断面がキレイに切れたタマネギは、
目にしみにくいなんて、初めて知ったよそんなこと。
いい道具を選ぶ大切さを噛み締める毎日。

二十余年を彼の妹として過ごした割に、
まだその感性を修得するには至らない。
あの肩に並べる日は一体いつになるのやら。
いつまでも、お兄ちゃんはお兄ちゃんのままだなぁ。
posted by る・れくま at 20:48| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ネタ帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月25日

自分のルール

この世は二通りのニンゲンがいる。
結局は何かしら背負い込むハメになる人と、
最後は責任を回避して他に押し付ける人と。

どちらかと言えば、
本音は後者でいたい癖に、
それが出来ないシカクシメン。

どうしてかって、
己に課す罪悪感より、
背負う荷の重さを選ぶが容易い。
僕は僕の善い人でありたいからだ。

僕のルールが、
どこまでもそれを許さないからだ。
posted by る・れくま at 23:53| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 謎文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月28日

ココロの故郷

060923_1640~01.jpg

トルコ、我がココロの故郷。
一生に一度さえ行ってないのに、
いつか行ってやろうと決意して5年。
母と連れだって行くと約束してから3年。
けれど、仕事を始めたらそれもなかなか難しく、
じゃあ仕事を辞めたらと決めたその矢先、
身重になるとかいうギャフンがお待ちかねときた。

これは、母と娘の約束だ。
何年先になるか分からないけど、
必ずあたしはあの場所に降り立つ。
とりあえずトルコ。何にしてもトルコ。
さての理由は兎も角と、
トルコがあたしを呼んでいる。
posted by る・れくま at 23:48| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ネタ帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月30日

鍵言葉

060930_2009~01.jpg

ちいさな赤いクマ。
首に巻いていた青いリボンが、
長い月日を経て、ふつりと切れた。
自分にしか意味を持たないもの。
冬のある日の冷たい記憶。
只其れだけが、この掌に残っている。

自分だけの束縛であり、
その束縛を解く鍵でもある。
もういいじゃないか。
そう誰かに言われた気がする。

いつかという日は、ちゃんと来るのだ。
posted by る・れくま at 20:55| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 謎文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。